第6回 学習を支えるものとしての動機づけ
https://gyazo.com/bb03d4d9d9776d51391f0ce1d558e287
https://amzn.to/3tPyQxE
1. 動機と動機づけ
1-1. 学習意欲の現状と動機づけ
学習意欲, やる気
動機づけ(motivation)
ある方向に向けて行動を起こし、その行動を続けようとする一連の心理的な過程または作用」などと定義される
行動を引き起こさせるものとして、動機(motive)や動因(drive)と呼ばれる内的要因が考えられている
日常で使う欲求と近似の概念
この動機(動因)が人の行動を引き起こし、行動を持続させる原動力となる
行動を一定方向に向けさせるものは、報酬などのその行動の目標である誘因(incentive)
動機
生理的動機
飢えや渇き、危険の回避、休息など生命維持に関連する動機
社会的動機
社会的地位や名誉のように社会で優位な位置を得ようとする動機
好奇動機(好奇心)
新奇な刺激やおもしろい(興味深い)情報などを求めようとする動機
達成動機
自分にとって意味があると思う課題を成し遂げようとする動機
親和動機
他の人との交友関係を形成・維持しようとする動機
動機づけ
外発的動機づけ
その行動が別の目的の手段になっているような場合
e.g. 「テストで高得点だったらお小遣いをあげる」
結びつきやすい動機
生理的動機
「いい成績をとれば好物をごちそうしてもらえるから勉強する」
社会的動機
「将来よい会社に入るために一生懸命に勉強に取り組む」
内発的動機づけ
その行動自体が目的になっている場合
e.g. 数学の学習が楽しくて熱心に取り組む
結びつきやすい動機
好奇動機
達成動機
1-2. 内発的動機づけと外発的動機づけの長所と短所
デシ(Deci, 1971)
実験群と統制群の2群の大学生に、参加者にとって興味のあるソマというパズル解き課題を与えた
3つのセッションで構成
第1セッション
両群共通にパズルを解いた
第2セッション
実験群: パズルが解けたら金銭の報酬を与えると予告
統制群: 予告なし報酬なし
第3セッション
両群ともに報酬予告なし実際に報酬なし
各セッション終了後には、自由時間を設定し、ソマを含めた大学生の興味を引く雑誌や玩具が用意され、自由に過ごすことができた
自由時間にソマに取り組んだ時間を両群で比較
実験群では第1セッションから第3セッションにかけて短くなった
統制群では低下がみられなかった
本来興味を引き、内発的に動機づけられるはずの課題であっても、金銭のような報酬が与えられ、外発的に動機づけられると、報酬を得ることに目が向けられ、課題に対する面白さを感じにくくなってしまう
同様の結果は幼児らのお絵かきを対象にした実験でも確認されている(Lepper, Greene, & Nisbett, 1973)
アンダーマイニング効果(undermining effect)
報酬を与えることで、内発的動機づけが低下してしまうこと
内発的に動機づけられている場合には、本人にとって学習自体が目的になっているため、外部からの働きかけの有無にかかわらず、学習が継続される長所がある
外発的動機づけの場合には、金品のような報酬がなくなれば、目的自体がなくなってしまうため、学習をやめてしまう
2. 学習意欲と好奇動機・達成動機の関係
2-1. 内発的動機づけの源泉としての好奇動機
一般的に外発的よりも内発的に動機づけられている方が望ましい
好奇動機は学習における内発的動機づけの源泉といえる
感覚遮断実験(Heron, 1957)
人は刺激が過小な環境に適応できない可能性を示唆
仮にこの部屋でスマホが使えたり、テレビが見られたりする条件に変えたとしたら結果はだいぶ違ったものになっていただろう
知的好奇心の存在を裏付けている
学習内容も情報刺激であり知的好奇心の対象になるはず
学習内容が楽しくて熱心に授業に臨んでいる子どもも少なくない
一方で学習を嫌う子どももいる
両者をわけるものの一つは、学習内容が理解できるか否か
学習内容が理解できなければ、感覚遮断実験のように無刺激に近い状態に置かれることになり、その子どもにとっては苦痛な状況になってしまう
知的好奇心
拡散的好奇心
動機づけが特定の対象に向けられないもの
退屈なときにテレビを見たり、雑誌を読んだり
特殊的好奇心
動機づけが特定の対象に向けられる
趣味や研究
学校での学習内容は特定の対象
2-2. 達成動機づけと学習意欲
勉強「(学問・仕事などに)つとめはげむこと」(久松・佐藤, 1969)
たしかに好奇動機の対象となる側面もあるが、
「努め、励む」側面もある
九九の暗記、難問
努め、励まなければならない側面をもつ勉強を続けさせるのは達成動機による動機づけ
日常的に使われる学習意欲とかやる気に近い概念
達成動機づけが強ければ、課題に対して粘り強く取り組むことになる
期待価値理論(Atkinson, 1957)
アトキンソンの達成動機の強さを説明するモデル
$ 達成動機の強さ = 達成動機 \times 主観的成功確率(期待) \times 成功の魅力(誘因価)
達成動機
成功接近動機の強さと失敗回避動機の強さの差
成功接近動機 > 失敗回避動機
挑戦する
主観的成功確率(期待)と成功の魅力(誘因価)
$ 成功の魅力= 1 - 主観的成功確率
成功確率が高い場合、それは易しい課題であるが、成功の魅力はない
主観的成功確率が$ 0.5で値が最大となる
達成動機が一定の場合には、五分五分の主観的成功確率で達成動機づけが最も強くなる
2-3. 動機づけと自己効力感・学習性無力感
期待価値理論の特徴
動機づけの強さに主観的成功確率のような認知的な要素を取り入れている点
バンデューラ(Bandura, 1977)
結果期待
目指す結果に至るまでの動機づけについて、このようにすれば目指す行動に到達できるだろう
効力期待
自分がその行動をやりきれる自信があるか否か
自己効力感
ある個人が自分自身について評価する効力期待の程度
それをすれば結果に結びつくという結果期待に基づく行動を、自分が成し遂げられるかどうかの評価のこと
自己効力感は動機づけに関わる
一生懸命に勉強をすれば成績が上がることは間違いないと思うが(結果期待)、その勉強をする自信がない(効力期待の程度の評価、すなわち自己効力感)という場合、
勉強をすれば成績が上がることについて結果期待はもてているが、自己効力感は低い
自己効力感が低ければ勉強という行動は起こらない
自己効力感
特殊的自己効力感
ある特定の課題や場面に関するもの
過去の類似の経験に基づいて評価されるため、成功経験があれば高い自己効力感を持つことができる
特性的自己効力感
個々の具体的な課題や場面を超えた、いわば性格特性のような性質をもつ長期的で全般的な自己効力感
これを決める要因の1つは、身近な親や教師、また友人からの賞賛・承認、激励であり、これによって自分が有能な存在だという高い自己評価(自己有能感)をもてるようになるといわれている
自分が有能な存在だという認識をもてば、能動的で積極的な行動をとろうとする
叱られてばかりいると、自己評価は低いものになり、行動も消極的になってしまう
学習性無力感
人は達成動機をもつ存在なのに、勉強などに熱心に取り組まない子どもたちもいる
セリグマンとマイアーは、やる気のなさは学習されるという考え方を示した
失敗経験が積み重なることで、自分の行動と結果が結びつかないことを学習してしまう(Seligman & Maier, 1967)
学習性無力感に陥らないようにするためには、適度な成功体験が必要
3. 学習における2つの主要な動機づけ理論
3-1. 自己決定理論 ―主体性の観点から―
教育心理学では自己決定理論と達成目標理論を基本的な枠組みとする動機づけが研究が多く行われている
自己決定理論
動機づけの状態を「他の人からの働きかけによって行われ、それが他者からやらされている」という他の人からの統制感をもつ段階から、「自発的に開始され自らが主体的に行っている」という感覚をもつ段階までの4つの型に分類
調整スタイル
外的調整
他の人からの統制感がとても強い状態を指す
学習自体には価値を見出していないが、他者からの賞罰によって学習を行う
最も主体性が低く、外発的動機づけに近似した動機づけの状態
取り入れ的調整
他者からの明確的な働きかけはないが、義務感や不安から学習を行うような場合
外的調整スタイルの次に主体性は低い
同一化的調整
学習することの価値自体を認めて、主体的に学習を行うような場合
内的調整
学習自体が楽しくて自ら学習を行うような場合
最も主体的
内発的動機づけに最も近い状態
自己決定理論は、内発的動機づけと外発的動機づけの分類を細分化した理論と捉えることもできる
調整スタイルの以外が学習にどのような影響を及ぼすのかについての研究が行われている
外的調整スタイルの場合、学習内容の理解をしないまま丸暗記するような学習に留まる
内的調整では深く考えたり、様々な資料にあたってみたりするといった望ましい学習が行われる
3-2. 達成目標理論 ―価値づけの違いの観点から―
達成目標理論
達成目標理論では、何に自分のもつ力を発揮しようとするのかという目標の価値付の違いに着目
習得目標
学校の目標を学習内容の習得によって自信の学力を高めることに動機づけられる
遂行目標
他の人に自分がよい成績であることを示したり、自信の自尊心を維持したりすることに動機づけられる
等しく習得目標にある場合でも、
接近目標
目標に到達できることを目指す
回避目標
到達できないことを避けようとする
動機づけを2つの次元から4つに分類することがある(Elliot & McGregor, 2001など)
習得接近目標
学習内容の習得を目指す
「その学習内容に習熟したい」
一般的に最も望ましい
習得回避目標
学習内容が理解できないことを忌避
「その学習内容がわからないのは嫌だ」
遂行接近目標
自己の有能さを他者に示したり、プライドを保ったりすることに動機づけられる
「よい成績を収めてクラスメートに自分が優秀なことを示したい」
遂行回避目標
他者からの低い評価を避けようとすることに動機づけられる
「他の人から成績が悪いと思われたくない」
4. 知的好奇心による動機づけの方法
4-1. 知識間のズレを利用する方法
小学3年理科「物と重さ」の学習を例
複数の正解が考えられるような問題を授業の最初に出題する
https://gyazo.com/ad97ca4599a1b33684986d5c6bbe80f9
学習者は複数の考えの間で揺らぐ
認知的葛藤の状態にあるとき、それを解消しようとして、正解に関する情報を求めようとする性質があるため、授業に熱心に取り組むことが期待できる
仮説実験授業は、この認知的葛藤を巧みに取り入れた授業法
誤概念
正解が告げられると、生徒たちの誤概念とのズレが生じる
生徒はそのズレを解消しようと授業に関心をもつようになる
4-2. 日常生活と結びつける方法
小6理科「水溶液の性質」
ある教科書では希塩酸に鉄やアルミニウムが溶けることが紹介されている
子どもたちにとって塩酸は馴染みのない薬品
金属を溶かしたとしても意外性のおもしろさは感じにくいし、自信の生活との結びつきがないために関心をもてない
酸性の酸味を利用して「酸っぱいものは酸である」「酸は金属を溶かす」とルール化してみるとする
レモン/イチゴは酸っぱい→金属を溶かすはずだ
学校で習った知識が日常と結びつく意外さのおもしろさや、知識の有用性も感じさせることができれば、学び外のある知識としてその学習内容に興味をもたせられる
4-3. 既有知識を活用させる方法
一般に、実際の活動を伴う授業はおもしろいといわれる
活動を伴わない概念的な学習は子どもたちに面白いと感じさせることはできないのだろうか
既有知識を使うことのできる学習はおもしろいものとなる
細谷, 2001
文系大学生に「金属の一般的性質を挙げよ」
はかばかしい答えが返ってこなかった
閉じた発問
正解を知っているか否かが問われる
「金属かどうか確かめたい。どんなことを試してその結果がどうなったら金属といってよいか」
多くの答えが返ってきた
これらの答えは延性・展性、熱や電気の良導体といった金属の持つ一般的性質を指摘するものであり、正答と言えるもの
開いた発問
正解を知らなくても、自分自身の過去の経験から得た既有の知識を使える
既有知識を総動員して答えようとするから、学習者は考えること自体に動機づけられる
工作的発問
目標を実現する方法を問うタイプのもの
5. 達成動機による動機づけの方法
5-1. 自己効力感からのアプローチ
達成動機を高めるためには、成功体験が必要
自己効力感や学習性無力感の考えから
最初から高い目標を設定すると失敗に終わることがある
最終目標までの過程を細かなステップに区切り、それぞれのステップへの到達を小目標として設定する
当該の小目標への到達の可能性は高まり、到達すればそれが成功体験になって、次のステップに向けて動機づけられる
新たな知識の獲得や学習内容の理解の深まりがあったとしても、それが成果として自覚できなければ成功経験ととらえられないため、自己効力感につながらない
学習の成果としての知識の増加や理解の深まりは、成果として把握しにくい
頭の中の働きであり、物理的な存在とは違って目に見えないため
これを回避するためには、成果を可視化して子どもたちにフィードバックしてやることが有効
テストなどによって熱心に学習したことから問題が解けるようになった等
5-2. 原因帰属からのアプローチ
原因帰属
結果の原因を推定すること
ワイナーの原因帰属理論(Weiner, 1979)
次元
1. 自分の内部の要因か外部の要因か
2. 安定的な要因か、不安定な要因か
3. 自分自身で統制できる要因か、そうでないか
table: 表6−1 成功・失敗の原因の帰属先の分類(Weiner, 1979)
内的 内的 外的 外的
安定 不安定 安定 不安定
統制不可 (生得的な)能力 その時の気分 課題の難しさ 運
統制可 普段からの努力 直前の一時的努力 教師の先入観 他の人からの一時的な助け
試験での成功や失敗を
「運」に帰属した場合には、自分ではどうすることもできないため、次の行動に結びつかない
「努力」に帰属した場合には、
成功したときには続ける
失敗したときにはもっと努力をしようと思うだろう
→第7回 自律的な学習者の育成